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ゆらゆらと優しく伝わるこの震動を知っている。
頬を擽る髪も、触れている所から感じる温さも。
「見てみなさい。一等星だ。」
流れる涙を拭って見上げれば、闇に煌めく一つの星。
全てを覆うような黒に負けずと輝く白銀に感嘆の声が零れる。
「泣き虫にも見えたかな。」
「もう泣いてなどおりません!」
突然強気になった幼い自分を笑うその首に抱き付く。
「……兄上。」
夢の中だと判っていても、その温もりは確かで、懐しくて哀しくなった。
「起きたのか?」
朧な意識の中、未だ記憶に新しい声が耳元がした。
重たい頭を擡げて声の主を見て一気に覚醒する。
「藤堂先生!これは、申し訳ありません!」
何故か藤堂に背負われていた三郎は慌てて飛び退いた。
まさか夢ではなく、本当に背負われていたとは。
「そろそろ近藤さんが帰ってくるからな。お前を置いてくわけには行かないし。」
「すみません、酒を飲むのは久方ぶりで……。」
酔っていつの間にか眠ってしまっていたらしい。
大分更けてしまったのか、辺りに人は見当たらず静かであった。
藤堂の後を追いながら、先程の夢を思い出す。
あんな穏やかな夢は何年も見ていなかった。
幼き頃の幸福な思い出に会えて、嬉しくも寂しくもあった。
「聞いてもいいか。」
不意に立ち止まった藤堂は、まるで明日の天気を尋ねるような調子で問うた。
「馬越三郎、お前は女子なのか。」
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