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毛先がパクパクと動きながら喋る。
「まあ、君も『こちら側』の人間になりたいのなら、それも覚悟しておかないといけないけれど」
――こちら側とか、生卵とか……ああ、またよく解らなくなってきた。僕、頭わるいのかな?
「無理に言葉で理解しようとするからさ。言葉なんていう肉体的な知識は、ほとんど殻に残してきてるはずだから。夢の中にいるときは夢の中の感覚で理解しないと」
――そんな、言われてもよく解らないよ。
「まあ、すぐには無理かもな。さっきの話を一応説明すると、『こちら側』ってのは、夢のこと。生卵は『殻は悪者じゃない』っていう、ただの例えだ。みんながこちら側で暮らせれば平和なんだろうけど、ここは自由過ぎるから。定期的に現実の殻に納まらないと、大抵の人は自分のカタチすら忘れちゃうのさ」
「だからね。私たちみたいに夢で働ける人ってのは、限られてくるわけ」
「カタチを忘れない人」
「素質がないとね」
「君みたいに、『気付ける』人間」
「夢を忘れない人」
次々と髪が語りかけてくる。
そのたびにピョコピョコと一本ずつ跳ねるものだから、気づけば、女の人の髪はボサボサだ。
「そして、君のような者をここに導くのが、私の役目」
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