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誰にだって、素敵なところがあって、私はそれをほんの一瞬で見抜いてしまう。特技みたいものなのだと思う。 素敵なところを見つけたら、たちまち恋に落ちてしまうのも、だから必然。 落ちるなという方が、無理な話だと思うし。 だからといって、ずっと同じ道を歩めるかといったら、それは違う。 気持ちは、ずっと同じには保たれない。お互いに。 今でも、私が恋してやまないと思えるのは、咲季の父親だけなのかもしれない。 もう十年以上前に別れた人なのに、あの人の姿が、匂いが、温もりが、鮮明に浮かんでくるのだから。 今はまだ、決して逢うことのできない所にいるあの人。 だからこそ、あの子に逢いたい気持ちが募る。 あの子を抱き締めたいと思う。 あの子も、あの人と同じ、柔らかい筋肉をつけた、ふくらはぎをしているのだろうか。 少し茶色い髪をしているだろうか。 同じ匂いがするのだろうか。 無論、かけがえのない宝物は咲季だけれども。 咲季をはじめてこの手で抱いた、ひときわ暑いあの夏の日。 私は、いまだかつて、こんな幸せを味わったことがないと思った。 いまだかつて味わったことのない、哀しみと同時に。 あれから、何も所有せず、何にも縛られずに生きてきたのは、咲季だけはこの手から離したくなかったから。 咲季以外、余分なものは一切いらなかったから。 たとえ、数えきれないほどの恋をしていたとしても、咲季に比べたら取るに足らないことなのだから。
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