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出逢い
ひんやりと澄んだ空気。
ぐんと高くなった空。
ちぎれた雲。
一年で最も美しい秋の空を、アタシとシバタは土手に寝転んだ姿勢のまま、じっと見上げていた。
ママは、新しい恋を見つけた。
料理の腕に、勝るとも劣らないと思う。
ママは、恋を見つける腕前だって、ほとんど天才的なんだもの。
昨日の晩、アタシとママと、ママの新しい恋人黒澤さんとで、もんじゃ焼き屋へ行った。
黒澤さんは、身体が縦にも横にも大きくて、ゴツゴツとした毛むくじゃらの手をしていた。
それから、やたらと豪快に笑った。ワッハッハッと、大きな声で。
お世辞にも上品とはいえないけれど、下品な感じはしなかった。嫌な感じも。
漁師なまり(漁師だから当然だけれど)のある話し方もまた、やはり上品ではなかったけれど、どこか親しみを覚えた。
どこからどう見ても、見れば見るほど熊みたいな黒澤さんの、威勢良く食べるところと、何でもワハハと笑い飛ばすところに、ママは参ってしまったと言う。
確かに、もんじゃ焼きだって、スルスルとあっと言う間に食べていた。
もの凄く沢山の量を、スルスルと勢いよく。
けれども、丁寧に、スルスルっと。
そして、何度も豪快に笑った。お腹の底から、力強く。
アタシは時々呆気に取られ、ママは終始ニコニコしていた。
「素敵な人だったでしょう。きっと、咲季とも仲良しになれるわ」
アタシの手をギュッと握りしめながら、ママは歌うようにそう言った。
だからアタシも、ママの手をギュッと握り返した。
ママが誰に恋をしようと、アタシのママであり、パパであり、親友であることは、ゆるぎのないものだから。
さてと、ランドセルについた乾いた草をほろいながら立ち上がり、行くね、とシバタに言った。
街は金色に染まり、どこかの家から煮物のいい匂いがしていた。
シバタは、その場所から動かなかった。
無理して合わせないのは、アタシとシバタのいつもの調子。
だからアタシは、振り返りもしなかった。
シバタの目を、表情を、きちんと見たかさえも覚えていない。
明日もまた、今日とおんなじ日々が続いていると、信じていたから。
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