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序章
あの日の夜は、そぼ降る雨が鼓膜を静かに揺らしていた。
路地裏から路地裏に深く入り込んだそこは、ちょっとした空間になっている。
俺がそこに足を向けたのは何てことないただの偶然だ。
しかしながらそれはもう、運命だったのかも知れない。
鼻腔を貫き、脳髄を支配する圧倒的な血の香りは、胃にある全てを逆流させる。
俺の目の前にあったのは四肢のない肉塊だった。
男なのか、女なのかもわからない。
何故なら首から上もないのだから。
「何してるの?」
雨にも負けてしまいそうな静かな、静かな声だった。
しかしそれでもその声は胸を直接振動させる。
声に目を向けると、そこには1人の少女が佇んでいた。
頬を返り血で染め、白いブラウスを黒色に変えて、アサギはそっと微笑んでいた。
そうだ、あの日は確か雨だというのに、真白の月が空に浮かんでいたんだ。
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