禁断じゃなくなった果実

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先輩は「へぇ……」と呟くと、何かに堪えるように空を見上げた。 ふらふらと肘が持ち上がり、途中でストンと落ちる。 それを何度も繰り返す先輩。   僕はその様子をただ眺めている。 これから失うことすら許されない人間が何を考えるのか、僕には検討もつかない。    「先輩」   僕は、持っていた林檎を下投げで先輩に向けて優しく投げる。緩い放物線を描く赤い林檎。   「あっ……」   先輩は驚きながらもソレに腕を伸ばす。   見えない腕が林檎を掴み、禁断じゃなくなった果実が軽い音をたてて地面におちる。     次の瞬間には、 腕がないことを一度も嘆いたこともないくらい強い先輩が、 弱音なんか吐いたこともないくらい強い先輩が、 泣き顔なんか誰にも見せたことのないくらい弱い先輩が、   涙を流しながら這いつくばって林檎を食べていた。   呆気にとられたのも一瞬。 僕はすぐに先輩を見つめることに集中する。   もしかしたら先輩は自分の腕がない理由を、幼少の頃に聞いたアダムだかイヴだかの原罪の話に求めていたのかもしれない。   地面を這い、涙と土で顔をぐちゃぐちゃにしながら林檎を必死に咀嚼する先輩の姿はとても綺麗で、僕は思わず抱きしめたい衝動に駆られたけど、やっぱり黙って眺めていることにした。   もう一つの林檎を鞄から取り出し、先輩を見下ろしながら服で汚れをとって一口齧る。   とても甘く、みずみずしい林檎は、やっぱり禁断の果実だったんじゃないだろうか。 少なくとも先輩が食べている林檎は――。   そう思うと僕には我慢できなかった。   僕は先輩を抱き上げ、口の中に優しく舌を滑りこませる。 温かな感触を這わせ、甘く噛む。 そして禁断じゃなくなった果実のカケラを貪る。   「ん……っ……」   なんだって禁じられたモノはこうも甘いのか。僕は先輩を強く抱きしめる。 いっそ壊れてしまえばいいのに。   先輩の肩越しに、林檎を齧る。  存在しない腕が、そっと僕の背中を抱いた。    
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