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「優しくて真面目なのが唯一の取り柄の彼ですから、すぐに魔女の館に行きました。あそこに見える館です」
指差す方向には僕の次の目的地の村があり、確かに大きな館があった。
「それであえなく魔女に負けて石にされた、と?」
彼女は頷く。本当にお伽話の世界だ。世界は広い。
「でも私はこれで良かったと思います。だってほら……石像になった彼は凄く、立派で格好良いでしょ?」
女の言う通り、悲運な男の石像はそれでも堂々としており威厳があった。
僕は女に同意する。
女は嬉しそうに笑うと「じゃあ私今日はもう帰ります。今日の分の掃除は終わりましたから」と帰り支度を始めた。
「毎日きてるのかい?」と尋ねると、女は頬を染めながら頷いた。
そして「旅の御加護を」と言い残し暗い森の中に入っていった。
村につくとすぐに宿屋に向かった。小さいが小綺麗で、好感の持てる宿に人なつっこい笑顔の宿主。
どうやら良い村のようだ。
ふと石像と魔女のことを思い出す。
「あの大きな館にはどんな魔女が住んでるんだい?」
口をついて出た何気ない疑問に疑問を返す宿主。
「旅人さん。何を言ってなさる。あの館は領主様の館。魔女なんか住んでませんよ」
僕はわからなくなってしまった。
「魔女はいないのかい?」
「勿論。そんなものがいるのはお伽話か伝説の中くらいです。旅人さん。森を通ったでしょ?ここら辺にはあの森には魔女が住んでるって伝説があります。ええ、勿論空想ですよ勿論ね」
僕は宛行われた部屋のベッドに横になる。
そして綺麗な球形をした石を天井に翳す。
よく出来た、まるで本物のような石の眼球。
僕は生まれて初めて寒気を感じた。
これは持ってちゃいけない。
遠くでは森が燃えていた。
逃げ惑う人々に時折聞こえる甲高い笑い声。
僕は怖くなって、男の眼球を飲み込んだ。
生臭い匂いが鼻をつく。
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