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電話がなる。
僕はでない。
おそらくまた出版社からの電話だろう。
そうじゃなかったとしても、今の僕に電話をかけてくる可能性のある人間っていうのは、様々なモノの勧誘を生業としている人たちだけだ。
電話にでてもでなくても、そこに大した違いはない。なら自分に優しい選択をしたっていいだろう。
恋人とも数日前に別れた。
僕はもうすっかりと小説を書くことをやめてしまった。
それと一緒に彼女も去っていった。
まるで小説の登場人物みたいにクールな退場。
「さよなら」と彼女は言った。
「あなたと居ても、私はどこへも進めない」
彼女は「私、結婚するから」と言い残して、服だとか、化粧品だとか、他にもいろいろな物を残したままでていった。
読みかけの小説も残してあったので、よっぽどでていきたかったんだと思う。
だってまだ栞は三分の一も進んでない所に挟んである。
もしかしたら僕も、その小説も、途中で見限られたのかもしれない。
栞を挟んだって、続きを読むとは限らないのだ。
本と僕の違いは、終わりがハッキリしているかどうか。
その違いは何かしら大きな衝撃を僕に与えかねないものだった。
本は三分の一で見限られた。
ならば僕は一体、何分の一で見限られたのだろうか。
彼女にききたくなったが、あいにく彼女の電話番号はわからなかった。
最初から知らなかったのだ。
煙草に火をつけようとしてやめた。
ライターすら持っていない。
僕はゆっくりと、自分の右目に煙草を押し付ける。
「……熱い」
分母は小さい方が良い。
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