第三章

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「どうしたんですか?こんな時間に…。」と、和馬は言った。 「貴方に、会いたくて…。何となく、ここへ来てしまったんです。でも、本当に会えるなんて…。」と、弥生は言った。 「僕に、何か用事でも?」と、和馬は言った。 「実は、福島の伯父から疎開して来ないかという手紙が来たんです。私、悩んでしまって貴方に相談したかったんです。」と、俯きながら弥生は言った。 和馬は、考え込んだ。弥生逹の安全を考えれば、疎開した方が良いに決まっている。 しかし、それでは弥生と会えなくなってしまう。それは、和馬にとって寂しい事だった…。 暫くして、「疎開して下さい。」と、和馬は言った。「えっ!?」と、弥生は驚いて顔を上げた。 「僕だって、弥生さんに会えなくなるのは寂しい…。でも、貴女逹母子の事を考えたら疎開した方が良いんです。米軍が、東京を狙っているという噂もあります。」と、和馬は言った。 本土決戦の事は、黙っていた。そんな事を言えば、弥生を不安がらせるだけだったからである。 「分かりました…。」と、弥生は言った。そして、ポケットから一枚の紙を取り出して和馬に差し出した。 「福島の住所です。せめて、お手紙だけでも頂ければ嬉しいです」と、弥生は言った。 和馬は、それを受け取った。そして、ポケットから手帳を取り出して何か書いていた。そのページを破って、弥生に渡した。 「僕がいる、宿舎の住所です。出来れば、弥生さんからも手紙が欲しいので…。」と、和馬は照れ臭そうに言った。 弥生は、紙を受け取って綺麗に畳んでポケットに入れた。 「分かりました。出来るだけ、私からもお手紙を差し上げる様にします。」と、にっこり笑いながら弥生は言った。 「今日は、もう暗いから僕がお送りしましょう。」と、和馬は言った。弥生は、微笑んで頷いた。 二人は、弥生の家に向かって歩き出した。空には、星がちらほらと見えていた。やがて、弥生の家の前に着いた。 「では、僕はこれで…」と、和馬は立ち去ろうとした。すると、「あっ!待って下さい!」と、弥生が言った。「どうかしましたか?」と、和馬は首を傾げて言った。
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