第一章

3/5
前へ
/27ページ
次へ
「いえ。あの丘を越えた向こうです。」と、近くに見える小高い丘を指差して弥生は言った。 「そうですか。それじゃ、行きましょう。」と、和馬は言った。弥生は、「はい!」と言うと二人で一緒に歩き出した。 丘の上には、木が一本立っていた。「楡の木ですよ。」と、弥生は言った。和馬は、木を見上げた。背の高い木だった。 二人は、再び歩き出した。やがて、弥生の家に着いた。小さな家だった。 「何もありませんが、お茶でも飲んで行って下さい。」と、弥生は言った。和馬は、「では、遠慮なくそうさせて頂きます。」と言って家の中に入った。 奥に、一人の女性が寝ていた。「お母さん。今、帰ったわ。」と、弥生は言った。女性は、ゆっくり起き上がった。 そして「そうかい。あら?お客さんかい?まあ!軍人さんじゃないの!?」と、驚いた様に言った。 「この人に、危ない所を助けて頂いたの。」と、弥生は言った。 弥生の母は、布団の上に正座をして「それはそれは。娘が、大変お世話になりました。」と、言って丁寧にお辞儀をした。 「散らかってますが、上がって下さい。」と、弥生は言った。和馬は頷くと、家に上がった。 弥生が、お茶を出してくれた。家具は、最低限の物しか無く貧しい暮らしをしている事が分かった。 弥生の母も、一緒にお茶を飲んでいた。弥生は、「あまりに、ぼろ家だから驚いたでしょう?」と言った。和馬は、黙っていた。 「これでも、戦争が始まるまではそれなりの暮らしをしていたんですけどね~。」と、弥生の母は言った。 「父と兄で、小さな町工場をやっていたんです。でも、今は父も兄も戦争に行ってしまって母と二人暮らしなんです。」と、弥生は言った。 「そうですか…。それは、大変ですね。」と、和馬は言った。和馬の家は、それなりに裕福だった。 父が、大きな織物問屋をしていたのだ。父は、「お国の為に、頑張れ!」と常々言っていた。父は、目が悪いので軍に入れなかった。和馬は、志願して軍に入った。 父は、自分の変わりに和馬を軍に入れたのだ。和馬は、トントン拍子に出世して今は将校になった。 和馬は、部屋の中を見回した。二人の男性の、写真が飾ってあった。多分、父と兄なのだろう。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

33人が本棚に入れています
本棚に追加