第六話[第2シーズン]

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日曜日、僕が昼寝からさめて日の傾いたベランダを見ると、そこには死体の山が築かれていた。 この動かない鼠や雀のストゥーパを建造したのは僕の部屋に住んでいる日本語を操る虎猫に違いない。 案の定、猫が鼠の死体をくわえて現われた。 「どうだい、心を打たれる作品だろ?」 たしかに、心を打たれすぎて目眩がしてきた。 僕は自慢げなそぶりの猫に「これは…何かな?」と聞いた。 「おっと、あんたともあろう者にこれがわからないとは…」 いかにも落胆したような口振りだが、これが何なのか説明なしでわかる方がどうかしている。 「シュールリアリズムってやつさ」四本足のプレデターは言った。 テレビの教育番組を見て「文化」を実践したらしい。猫は満足気だが、虐殺された鼠や雀はたまった物ではない。はた迷惑な文化もあった物だ。 しかし猫の言い分は、「自然の生活から離れて機械化された生活を選んだ文化的サイボーグとでも言うべき人間と違って、俺たちはまだ食物連鎖の会員に含まれているんだ。俺は食物連鎖の自分の割り当てを使ってるだけさ。雀を殺した後にただ散らかすだけの奴らとは一線を画してると思うぜ」 うなされそうな芸術を前に張り切ってる猫には悪いが、沢山の犠牲を払った割りにはあまり成果は出ていない。 気が済んだら片付けるように言うと猫は勝ち誇った調子で、「ゴッホが描いた絵は生前は二枚しか売れなかったのに、死んでから自画像に価値が出たんだ。一方、この作品の参加者はあらかじめ死んでいて、俺はやがてこの事情から撤退する。つまり、この作品の主役は彼らなんだ。これが何を意味するか解るかい?片付けてもいいけど、後悔しても知らないぜ」
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