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ある穏やかな昼下がり、僕はアパートのベランダに猫がいる事に気が付いた。
ありがちなトラ模様の何の特徴も無い猫。
猫は真面目くさった顔でこちらを見ている。
猫は嫌いな方ではない。どちらかと言うと好きな方だが、それは実家の猫や友達の猫、つまり世話をする必要の無いタイプの猫た。
僕は無視を決め込む事にした。
「飼ってよ」
誰かが言った。
「聞いてるの?飼ってよ」
不審者がいるのかと思ってベランダに出た僕の足元から声がした。
「どっち見てるのさ」
驚く僕に構わず猫は続けた。
「何だよその顔、あんたもか。俺の最初の飼い主もそうさ。新婚のあいつら自分の赤ん坊が始めて一言喋っただけで躍り上がって喜んだから、もっと喜ばせてやろうと思って俺が夏目漱石の『我輩は猫である』を朗読したら追い出しやがったんだ。若い奴の考える事はワケわかんねえ」
猫が喋っている。信じられない光景だ。
「なあ、飼ってくれよ」
僕は精一杯気を落ち着かせて話し掛けた。
「でも、世話を続ける自信がないから…」
「心配ない」猫がさえぎった。「躾はわきまえてる、そそうなんかしないさ。あんたは俺のために食事を用意する。俺はあんたの為に愛玩動物として道化を演じる。これはビジネスだ」
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