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彼は泣いていました。
痛みと、恐れと、怒りと、戸惑いと。
涙の理由はたくさんあります。
深呼吸をしてから、ゆっくり、そっと目を開けてみました。まず赤い光が見えました。
夕日に照らされた路地裏は、ひっそりとしています。
辺りを見回してみましたが、黒ずんだ壁があるだけで、先ほどの娘の姿はありません。
彼に娘を探す気力はなく、ただその場にうずくまり震え続けました。
──どれくらいそうしていたでしょう。
突然路地裏が暗くなりました。
彼が恐る恐る顔を上げると、路地の入り口に誰かが立っています。
彼は「ひっ」と小さく叫ぶと、尻餅をついたまま後ずさりました。
また何かされると思ったからです。
影は彼に近づいてきます。
夕日を背に受けているので、その人の顔はおろか、性別もわかりません。
彼は呼吸のしかたがわからなくなり、目が霞むのを感じました。
「……大丈夫ですか?」
影が聞きました。
その声は高く柔らかく、女性のものに間違いありませんでした。
男はその声を聞くと、なぜだかとても安心しました。
それはまるで、彼にまとわりついていた冷たい空気が、一瞬で暖かく心地よいものに変わったようでした。
声からその女性が、先ほどの娘とは違うとわかったからかもしれません。
彼は深く息を一回吸うと、地面に吸い込まれるように倒れました。
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