夜葬序曲

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ふと頭上を見上げれば、妙に紅い月が目を引いた。 まるで血に濡れた獣の爪のようで、普段のものとはまるで様子が違う。 科学的な説明で片付けられるのか、それとも有り得ない現象に遭遇しているのか、どっちなのかは自分には分からないが。 「……気味が悪いな」 ただ、それだけは確かだった。 小さく呟いた声は肌寒い夜気に溶けていき、やがて密やかに消えていく。決して、誰かに届く事は無い。 この都市、ポセイドンは眠らない街と言われているが、それは中央区や歓楽街での話だ。 深夜の高級住宅区には派手なネオンサインも、人々が発する独特の喧騒も無い。 皆寝静まっているのだろう、窓から明かりが洩れている家なんてほとんど無い。ぽつぽつと点在している街灯は、強く辺りを照らしてはいるが、その白い光は無機質で、『暖かさ』みたいなものは皆無だった。 時折冷たい風の吹く、人気の無い寂しい道。 そんな道を、ダグラス・ダラスは一人で帰路についているのだった。 「……はぁー……」 連れはいない。残業で遅くなってしまった帰り道なのだから当然だが、別にそうでない時だっていつも一人だ。 彼は今日で三十二歳になるが、生憎誕生日を祝ってくれるような家族はいない。この街に腰を据えて何年にもなるが、運が悪いのか、はたまたそんな人物が最初から存在しないのか、彼のお眼鏡に適うようないい伴侶が中々見つからないのである。 もちろん、友達はいる。が、それとこれとは別のものだと、最近になって思うようになった。
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