…序章…

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    緋色の冴えた月が、白の大地をほんのり朱く染めていた。 白い綿毛が一面に広がり、何やらほのかに甘い薫りを放つ白い胞子が、細かい雪のように舞っている。   風の触りや虫の音すらしない、神秘的で、それ以上に不気味なこの大地に、少女が一人横たわっていた。 少女が横たわるそこは、まるで彼岸花でも咲いているかのように鮮やかな朱色に染まっている。   白い吐息とともに苦笑がもれた。 鴉の濡れ羽色の艶やかな黒髪も、桜色のうすい唇も、まるでその青白い肌に馴染んでいくように、胞子がふりかかり白がかっていく一…。   「ぅ…あ゙ー…」   小刻みに震える指が、ぴちゃりと水音をたてて脇腹に触れる。 否、もはやそれは脇腹とは言い難い、無惨に崩壊した肉塊だった。 しかし、その感触を触れた指が伝えることはない。 ただ、じゅん…と、また少女の辺りを朱く濡らす音が静かにするだけである。   脇腹の大部分は引きちぎられたように失くなっている。 上半身と下半身は辛うじて残った皮膚と肉で繋がっているだけで、本来、臓器があるはずのそこは、崩れた肉塊と血溜まりができていた。   それでも少女の瞳が、未だ息絶えず闇色の空に浮かぶ緋色の月を鮮明に映しているのは、ただ、この白き大地を舞う胞子の薫りが少女の肉体をマヒさせ、その仮死状態となった肉体の生き血を大地が啜っているからであった。   「どう…して、こんな所に……自分はいるん…だろ…?」   何もわからない。 自分の在るべき場所、そして己すら忘れた少女には、とうてい理解などできるはずもなかった。   ふと、腐臭がした。 その匂いの先、自分の左真横に視線を移した。   キツネがいた。 額に赤い石がはめてあり、灰色の毛に鋭い二つの牙をもつキツネ。   キツネの瞳は虚ろで、その躯はもはやわずかな肉と皮だけになっていた。 その牙には、少女の腹の肉をひきちぎった跡がしっかり残っている。   (次は…自分がああなるのか…)   それは唯一、少女が得た残酷な答えだった。   そのとき。   一 戻って来いっ… 一   懐かしいような声が脳裏をかけ、頬を冷たい雫が流れた。 しかし、少女はその込み上げる感情の意味すら理解できず、徐々に狭くなる視界とともに、その思考を停止した一…。
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