…序章…

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― 鵬遊天楽 儚懐楼 ―   「雛桜(スオウ)?雛桜、起きなさい」   穏やかな口調であるがどこか急かす声の主に揺さぶられ、ん~なんですかぁ?と眠たそうに瞼を開いた雛桜。   そうして瞼を開いたと思えば差し込んだ白昼の日差しに眩しそうにその目をつむる。   「うわ…まだ真昼間じゃないですかぁ…」   夜明けとともに眠りにつくのが日常と化している雛桜は、いったい何事ですか?と目を擦りながらゆっくり身体を起こしたが相手の姿を見て目を丸くした。   「というか夜靡(ヤチル)姐さん…どうしたんですか?まだ昼間なのにそんなに豪華に着飾って…」   というかいつもより気合いが入ってる?とすら思えるほど高価な着物や簪…。 雛桜はすっかり目が醒めてしまった。   「ごめんなさい…。でも急なことなのだけれど…もうすぐ月の御方が来られるのよっ…」   そうして話しながらもそわそわと落ち着かない夜靡は雛桜を起き上がらせると雛桜の衣装箪笥を開け、あれかしら、これかしらと着物や装飾品を取り出す。   「月の…御方、ですか?」   いつも穏やかでのほほんとした夜靡の慌てように呆気にとられながら、雛桜は着替えさせられることを察し、寝間着を脱ぎ始める。   「いてて…」   腕をあげると脇腹が少し痛んだ。   白く滑らかな雪のような肌。 だが痛む部位には、まるで上半身と下半身を繋ぎ合わされたような生々しい傷痕がある。   (普通なら内臓も喰われてたんだし…死んでたんだよね…)   鋭い牙をもった灰色の狐に脇腹を内臓までごっそり引きちぎられ、死にかけて意識を失った自分を見つけたのはこの儚懐楼楼主・鵺狐だったらしい。   いったいあんな状態の自分をどうやって救ったのか…内臓まで元通りになって目覚めた雛桜は、鵺狐に御礼を言いたいと思ったが、すでに鵺狐はまた何処へ出掛けていたらしく、あれからまだ鵺狐は帰ってきていない。   ただ、鵺狐は出掛ける間際、もし雛桜に行く宛てがないのなら夜靡の禿として目をかけてやれと夜靡に言ったようで、自分の名前の記憶すらなかった雛桜は案の定、厄介になることとなった。   (遊郭と聞いたときはどうしようかと思ったけど…お客さんとお話ししたり、お酒のお供をするだけでよかった…)
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