…序章…

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  あんなに大騒ぎだった長い廊下で、誰もが足をとめ、道をあける。 それは一種の花魁道中のようで、威風堂々と前を見て音も立てず歩く夜靡。 その後ろを、着慣れない着物を着て歩きづらそうにしてついていく雛桜。 皆が息をのみ夜靡を見ている…流石だな…と夜靡の後ろ姿を見つめる雛桜だが、まさか息をのむ者の中には、夜靡には及ばずとも美しい着物を着こなした雛桜に驚いている者も少なくはないことを当人は露程も気付いてはいない。 鵺狐が何故、雛桜を儚懐楼へ連れ帰り、よりによって夜靡の禿にしたのか…。 一同がその疑念を晴らした瞬間である。 そうして長い廊下を歩く中、どういう顔をして歩いたらいいのかと挙動不審に視線をさまよわせ、ふと中庭を見た雛桜の視界に、一瞬、ヒラヒラと緋色の何かが目に入った。 (なんだろ?) それは白銀の小さな光りをキラキラとちりばめ、壁を通りぬけるように儚懐楼内へ入って行った。 (蝶々のようだけど…) 無性に気になって仕方なく中庭から目がはなせない雛桜に、ふと振り向いた夜靡が首を傾げた。 「どうかしたの?」 「あっ…いえ、すみません…お手洗いに行ってきてもよろしいでしょうか?」 声をかけられるとハッとしたように夜靡を見ては咄嗟にそう口から言葉がでてしまい、夜靡は一瞬キョトンとするがすぐにクスクスと笑いをもらした。 「えぇ、行ってらっしゃいな」 「すみませんっ…すぐに戻りますから先に……」 最後まで言い切らず、足早に引き返して行く雛桜の後ろ姿を見ながら、また笑いを漏らす夜靡。 もちろん雛桜は「お手洗い」のために引き返す訳ではない。 (たしかあれは応接室だったよね…) 何かに引き寄せられ導かれるように、雛桜は着慣れない着物を煩わしくさえ思いながら急ぎ足を進める。 そして雛桜は後から思うのだ。 あのときふと中庭を見たこと それは、何かに、意図的に、そうさせられたんだろうな、と。 全ては物語りを始めるために。 そして今、この瞬間、全てを失い世界に漂っていた雛桜の物語りがやっと動き出した。 しかし、これはまだ長い長い雛桜の物語りのプロローグにすぎない。
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