case1.望美

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      いきなり切り出した望美。 この先あたしが話す事で嫌われてしまっても構わない。 しょうがないよ。 全てあたしが悪いんだもん。   そう、あたしには欲しいものがあって。 それはお金で買えるようなもんじゃない。 もちろん、今の生活に不満があるわけじゃないの。 陸にも好きだって言ってもらえてるし、昔ほどお金にも困ってないし。 この生活は壊したくない。   でもあたしは話さなきゃいけないの。     「あたしには本当に愛した人がいたのね。 その人との間には子供もできた。 でもね、若かったんだ。 二人とも。 彼には前の奥さんとの子供が二人もいたけど、あたしはまだ18歳。 会社にも、彼にも反対されちゃって。 今なら全て捨ててでも、自分が苦労するってわかってでも、産む決断をすると思うの。 でもね、さっきも言った通り、若かった。 だから怖かったんだね。 仕事や彼を失う事が。   あたしは…お腹の中にいる小さな命より、自らの地位と体裁を守ってしまったの。 子供には名前を付けたよ。 男の子か女の子か…それすらもわかんないくらい小さな命だった…。 優樹っていうの。 抱きしめてあげる事も、名前を呼んであげる事も出来なかったけど。 優しくて、色んな枝葉を付けて育む大きな樹のような子って意味なんだ。   今でも忘れられないし、これからも忘れる事なんてない。 それくらい大切な我が子なんだよね。   優樹がお腹からいなくなった後、子供を捨ててでも守った彼もいなくなって、会社も辞めた。 あたしは荒れて愛のないセックスもたくさんした。 もう…あたしに人を愛する資格はないと思ってたから。 だからかな…罰が当たっちゃったみたい。 あたしね…できなくなっちゃったんだ。 子供がね、出来ない体なんだって。   笑っちゃうよね。 引いたってしょうがないよ。 またこうやって愛する人、陸に出会えたのに。 ごめんね…こんなあたしでごめん…。」     言い切ったとき、望美は泣いていた。 なるべく冷静に、なるべく簡潔にと思っていたのに。     望美は陸を見た。 少し横を向いて俯いた陸の表情は暗くてよく見えないが、男の子にしては華奢な肩が少し震えていることは、涙で滲む望美の目にも映った。      
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