5830人が本棚に入れています
本棚に追加
「さて」
まずはちゃんとした自己紹介をしよう。
あの時はバタバタしていて、自分の名も名乗っていなければ、彼女の名前も聞いていない。
「とりあえず、自己紹介をするよ。俺の名前はミスティック・レイジ。親しい奴からはミスと呼ばれている。君の名前は?」
「……ミス」
彼女は自分の名は名乗らずに、小さく俺の愛称を呟いた。
まるで、何かを確認するように、ポツリと。
「ああ、ミスでいいよ。で、君の名前は?」
「……私、名前……名前……」
視線は下に向き、顔を俯かせ、彼女は無表情でただ『名前』と繰り返した。
それは、記憶を探っているかのようで。
『見つかるはずがないと判っている探し物』を探しているようで。
「まさか、無いって言うのか?」
そんなはずは、ないだろう。
誰もが生まれたその瞬間に名前を授かる。
そいつを生んだ人間から名前を授かる。
彼女は今、ここに存在している。
それはつまり、生まれたと言うことだ。
生まれたと言うことは、名前を授かると言うことだ。
「名前、ない、です」
名前がない。
それはつまり。
生まれなかったと、言うこと。
生まれたことを、『認識されなかった』と言うこと。
彼女は。
『存在していない』と、言うこと。
「……」
かける言葉は、見つからなかった。
彼女が今生きている境遇が(あるいは、生きていると定義出来ないのかもしれないが)、あまりに俺の想像を絶する、不幸と言う安易な言葉ではくくれない、酷い、現実だったから。
「名前、必要、なかったから。だから、ない」
名前は必要ない。
だって、存在していないのだから。
存在していないものに、名詞はいらない。
呼ぶ必要も、区別する必要も、ないから。
「じゃあ」
俺は、思い上がってしまった。
「俺がお前に」
ほんの偶然で出会っただけに過ぎない自分が、彼女を救えるなどと。
「名前をつけるよ」
他人に名前をつけると言うことがどういうことか、他人に『生』を与えることにどれだけの責任が生まれるか。
そんなことを、全く、深く考えずに。
「どう、して?」
「必要だからさ」
他人を『認識』することが、どれだけの物を生み出すのか考えずに。
「パルケ」
「パルケ……」
「そう、俺は今から君をパルケと呼ぶ。そう名乗り、そう生きろ」
俺は彼女を、『認識』したのでした。
最初のコメントを投稿しよう!