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「パルケ……」
彼女はその小さな唇で、俺の名前ではなく、たった今俺に名付けられた自分の名前を口にした。
「パルケ」
二度目。
今度は一度目よりハッキリと。
そうして数秒ほど沈黙した後。
「変な名前」
「うぉぉいっ」
と、身も蓋もないことを無遠慮に言い放った。
「何だよ、気に入らなかったか?」
別に自分のネーミングセンスに絶対の自信があるわけじゃない。
だけれど、名前が無いと言うことは、何をどう言い繕ったって、それは完全に欠陥であり、完膚なきまでに不幸と言える事実。
故に、俺はそれを与えることにした。
欠陥を埋め、不幸を取り除こうとしたつもりだった。
それをいきなりそんな風に切り返されては、ガックリ来ると言うものである。
「そうじゃ、ないです」
「?」
「気に入らなかったわけじゃ、ないです」
「じゃあ、何だよ」
「ただ、変、だと思っただけです」
「うぐぅっ」
変なのか。
やはり俺のネーミングセンスは一般市民のそれと一線を画しているのか。
それを気に入らなかったわけじゃないって、お前俺に遠慮してるだけじゃないのか。そうなんじゃないか。
無表情、無感情、淡々とストレートに突き刺さる彼女の言葉は、下手に嫌みったらしい言い方よりも、遥かに深く俺の心をブロークンハートしてくだすった。
「パルケ」
彼女が三度、その名を呟いた。
そして次の瞬間、ふわりと彼女の唇が緩んだ。
真一文字にキュッと結ばれていたその唇が、緩んだ。
「私は、パルケ」
認識する。
「そう名乗り、そう生きる」
彼女は、彼女自身を、認識する。
「……」
俺はもう、彼女をこの場に置いておけないだなんて、そんな考えはすっかり消え失せていた。
こんな、名前すらなく、自身の認識すら危ぶまれ、果てには存在すらが朧気な彼女を。
これ以上、孤独の元に置いておくだなんて、そんな悪魔のような所業、その決断を俺が下せるわけ無いじゃないか。
「仕方ない……、か」
取り合ってもらうしかない。
ただの一般人を、機密基地であるこの本部内に保護し続けても良いと言う許可をいただくしかない。
そんな許可を下せる権限を持つ人物は、ただ一人。
「Mr.Aに、会うしかない」
S・A・D最高権力を持つ、彼に直談判するしか、方法はない。
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