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コツン、コツン。
俺の靴が床を叩く音がやけに大きく聞こえる。
錯覚ではない。
それにはちゃんとした理由がある。
俺の周囲には、現在殆ど人気がない。
『絶対不可侵の果て』。そこに一歩近づく度、少しずつ周りの人の数が減っていく。
故に、良く響く。良く聞こえる。
他に音がないからこそ。
俺の足音が、良く聞こえるのだ。
「……」
ああ、そうして、俺は辿り着いてしまった。
周囲を見渡しても、もう人の姿は一人たりとも確認出来なくなっている。
目の前を塞ぐ、白き扉。
ただの扉に過ぎぬと言うのに、何なのかこの威圧感は。
「Mr.A……」
その扉を前に、俺は何とか声帯を震わせて、音を発した。
「いらっしゃいますか、Mr.A」
必死に、がくがくと崩れ落ちそうな両足を地に縛り付け。
「私はC番隊のミスティック・レイジ。僭越ながら、頼みがあってやって参りました」
俺は、声を発した。
「……」
返事は、ない。
それどころか、何の反応も見られない。
聞こえて、いないのか?
「……?」
俺は声が駄目ならばとノックを試みる。
トントンと、右手で扉を二度叩く。
「え……」
本来ならば、それに応じて、扉から『コンコン』と音が発せられる筈だった。
何も、鳴らない。
扉は一切の振動をせずに、無音のままそこにあった。
「馬鹿な」
これは、どういうことだ?
俺は何をトチ狂ったのか。
その手に握るは氷結の剣。
空気中の水分を凍らせて召喚するは、我が片手剣。
試してみたくなったのか。
疑惑が理性を越えたのか。
俺はただ衝動のままに、その剣を白き扉に突きつける。
「――……」
ピシリ。
割れる音。
「何だ……、これ」
砕け散ったのは俺の剣。
扉には何一つ、傷一つ、『異変一つ残せぬまま』、俺の剣だけが砕け、割れ果てた。
「く……ッ!」
最早自分が何をしでかしているか、そんなことすら考える余裕が消えていた。
ただ、未知の存在に俺の思考は混乱し、自らの行動を制御出来ず、暴走した。
「『下がれ』」
この扉に、『何か変化をもたらしたかった』。
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