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「あぶねえぞ、さっさと逃げろ」
声は、どこから聞こえたか。
あるいは、背後。あるいは、頭上。あるいは、正面。
どこからともなく、突然彼女の耳へ入ってきたその声、それと同時に。
「――……」
悪魔の肉体が、斜めに両断された。
そうして、ずるりと滑って、地面に堕ちる二つの肉塊、その向こうに。
「こんな街の外れの山にまで人がいるとは思わなかったぜ。見ての通りここは危険だ。早く逃げな」
黒い服を纏った、少年が立っていた。
『勇者さま』。
そんな単語が、彼女の脳裏をよぎる。
『彼は私を助けてくれた、勇者さま』。
彼の姿から、視線をそらせない。
「……お前、服ボロボロじゃねえか。何かあったのか?家は?」
『私の、勇者さま』。
「……ふう、だんまりか。しかし、ワケあり、みたいだな」
少年はやれやれとため息を一つつくと、仕方ないか、と誰に言うでもなく呟き、すっと彼女に向かって右手を差し出した。
「何にせよ、いつまでもこんなところにはいられない。一緒に行こう」
「……」
「……生き残りたく、ないのか?」
「…………行き、ます」
ゆっくりと。
少年の手を、少女の手が握った。
――これが、二人の出会い。
存在した少年と、存在した少女の、確かにあった物語。
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