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「参ったねえ、いやはや、参った」
トレードマークの黒いシルクハットを右手で優雅に被り直しながら、我らがC番隊の隊長がそう口にする。
「同感ですね。原因不明、意味不明。空からいきなり悪魔が降ってきた――、なんてね」
報告を聞いて現地に向かうまでは半信半疑であったが、実際にその状況を目の当たりにしては、最早自らの目を疑っている猶予などなかった。
S・A・Dの戦闘部隊、『黒の制裁者(ブラック・パニッシャー)』が出動するほどの事件など滅多に起きないものだが、成る程、今回はその重い腰を上げるには十分すぎる事態であった。
「当面は今回のことの原因究明で忙しくなるだろうな」
「覚悟してます」
「なら、いい」
隊長がテーブルに乗せられていたコーヒーカップを手に取り、一口。
俺も同様に、冷めかけたブレンドコーヒーを口にする。
今俺たちがいる場所はS・A・D本部内の喫茶店、その一角。
基本的に巨大すぎるスペースを持つこの本部には、大抵の施設が揃っている。
そのどれもが装飾面においては下の下であるが(この喫茶店もテーブル、椅子、壁、そのいずれもが真っ白だ。洒落た置物ひとつ無い)、機能面においては及第点、いや、それ以上と言える内容になっている。
なので、S・A・D職員は、大抵のことは施設内で全て済ましてしまうのが通例だ。
――S・A・D。
セカイが誇る、セカイの為の組織。
皆はパラレルワールド、と言うものはご存知だろうか?
つまり、別の可能性のセカイだ。
例えば俺が生まれなかったセカイ、例えば文明が栄えなかったセカイ、セカイには色々な可能性と未来がある。
本来、そんな別の可能性のセカイと、自分たちがいるセカイが交わることなど無いのだが――
かつて、五年前。
ある天才学者の発明によって、無数にあるパラレルワールド同士が何の障害もなくアクセス出来るようになったのだ。
それ以前からも文明が栄えていたセカイでは、パラレルワールドの存在は示唆されていたが、こんな出鱈目な発明を成し遂げたのは、無数の可能性があった全てのセカイの歴史上、彼女一人だけである。
これを天才と言わずして、何と呼ぼう?
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