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「あたしさ、将来はやっぱり家を継ぎたいな。どっかに嫁ぐとかまっぴら」
彼女の家はお好み焼き屋で、いつもソースの甘い匂いがしていた。
「ふぅん」
「でもさ、ただ家を継ぐだけじゃつまんないんだよね」
野心家で強気な彼女だ。そんなことを言うのも幼馴染の僕なら理解ができる。僕がそれをやりたいとは思わないけど。
「だからさ、海外に行ってお好み焼きを広めたいな」
「はぁァ?」
僕は驚いて体を起こし、寝転がっている彼女の顔をまじまじと見つめた。健康的に日焼けして、小さな鼻が興奮でぴくぴく動いている。秋穂はその黒々とした大きな瞳に青い空を映していて、瞳の中で雲が泳いだ。
「ピザって海外から伝わってきたじゃん。お好み焼きもピザも似たようなもんじゃん? イケると思うんだよねー」
第二の日本ブーム到来じゃん?と、秋穂は曇りのない秋晴れのような顔で笑った。反対に僕は、曇りだらけのまるで曇天の冬空のような顔で秋穂を見つめる。倒れこむように、また地面に寝転んだ。
「無理だよ……」
今度は秋穂が起き上がる番だった。怒った顔を見たくなくて、目を瞑る。
「無理だよ、秋穂。お好み焼きって目の前で焼くのが醍醐味だろ? けどあの具は……受け入れられないよ」
秋穂が言葉に詰まる気配がした。お好み焼きやもんじゃ焼きの具は、見ようによっては吐瀉物……つまりゲロに見える。その事を指摘し、誰よりも嘆いたのは他ならぬ秋穂自身だ。
「日本人はゲテモノ食いって、今以上に強く認識されるよ?」
納豆然り、踊り食い然り。
「でも! お好み焼きはおいしいじゃん。あの具がこんなにおいしくなるのかって、一躍有名になるよ?」
「そのうち飽きられるよ」
「アンタっていつもすぐ悲観的に物事を考えるよね。なんでもっと成功を信じないの?」
秋穂がきつい目で睨んでくるのが気配で感じられた。絶対に目を開けるものかと思い、堅く瞑る。だって僕は、気弱で消極的だから……いつも秋穂の後ろに隠れていたから……
君が遠くへ行くのは、嫌だよ、秋穂。
「……僕、現実的だから」
「嘘ばっかり。アンタんトコの沓は想像力がないと作れないわよ」
「…………」
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