序章

6/17
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ
 “アンタんトコの沓” そう、僕の家は沓屋だ。でも、普通のスニーカーとか革靴とかを売っているわけではない。オーダーメイドの多い、浅沓屋だ。  浅沓というのは、平安時代の貴族達が蹴鞠をしている絵などを思い浮かべて欲しい。彼らが履いている黒いのが浅沓だ(厳密に言えば、少し違うが)。木製で、漆が塗られてある。僕の家はアレを平安時代から代々作り続けている。  そんなモノが現代で売れるのか、と思うだろう。これがなかなか売れるのだ。珍しがってわざわざ注文しに来る人もいるし、近くの温泉街にある土産物屋にも、お飾り用に何足か置かせてもらっているし、何よりもこの土地のお陰だ。  この土地では昔から遠くに旅立つ人に浅沓を贈る習慣があった。遠くに嫁いだ人にとか、転校していく友達とか、単身赴任に行くことになった人とか、そしてそれから、死んだ人とかに。  そういう人達のために、僕らは浅沓を作る。この浅沓が新しい地でその人の足を守ってくれるように祈りをこめて。そしてこの浅沓はただの漆塗りの沓にはしない。刺繍を施した布を鋲で止めるのだ。そして華やかな浅沓ができあがる。  僕は、伝統民芸沓屋 沓上 の、記念すべき三十代目。  沓上氷夜(くつがみ ひょうや)だ。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!