序章

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 長い坂道を下って家につき、玄関を開けると廊下の奥に見える作業場に明かりがついていた。木を曲げるために火を使っているのだろう。バーナーのゴオォという低い音が聞こえた。 「ただいま……」  小さく呟くように言って、僕は汚れたスニーカーを脱いであがった。茶の間に行き、扇風機を回して汗を拭う。しばらくそこで涼んでいると、誰かが廊下を踏み締めて歩く音がした。 「氷夜、帰ったのか」 「うん。ただいま、じいちゃん」  茶の間の戸口を塞ぐかのように、熊のような体躯の老人が立っていた。現在、ほとんど全部の沓作りを担当している祖父だ。その体つきに見合わず、繊細な浅沓を作る。 「氷夜、沓を作れ。俺の仕事は終わった。見てやる」  ぶっきらぼうにそう言うと、じいちゃんは先導するように身を翻して廊下を歩き始めた。僕も扇風機の電源を切り、ついて行く。  作業場には、ヤスリをかけた木屑が散乱していた。壁に掛けてある棕櫚箒を手に取り、軽く掃いて一箇所に集める。じいちゃんは座布団にどっかりと腰を下ろした。鋭い眼光が僕を捕らえる。
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