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「本当に賑やかな街ですね、ゼルガディスさん!」
「‥‥‥」
沢山の人々が行き交う道を歩く。両サイドは色鮮やかな店が途切れることなく並び、その中に飲食店も少なくない。
「観光ガイドでもあればわかりやすいんですけど‥ここは何が美味しいんでしょうね?」
「‥‥‥」
「ゼルガディスさん?」
普段から必要以上を口にしない彼だったが、今日は雰囲気が違う。訝しく思って振り返ると、元々あまり動かない彼の顔の筋肉が少しだけ不機嫌に歪んでいるように見えた。彼は白いフードを目深に被っていたので、その目はきちんと窺えなかったが。
「‥この旅はいつから食い倒れ珍道中になったんだ?」
吐き捨てるように呟かれた言葉は、それでもしっかりとわたしの鼓膜へ届いた。
「そんな‥リナさんたちと旅をしていてそんなの、今更じゃないですか。それにせっかく来たんですから、せっかくのものを楽しみたいじゃないですか!」
「お前は世界中の名産品を楽しむために旅をしているのか」
「そうじゃないですけど、目的の狭間で美味しい思いしたって、バチは当たりませんよ。目の前の楽しみを逃す、これ、すなわち悪です!」
「当初の目的をそこそこに、目の前の誘惑に惑わされる方がよっぽど悪だと思うがな」
「あーん!ノリが悪いですー!!」
大袈裟な動作で泣き真似をしてみせる。しかし彼は無視してそんなわたしの横をすり抜けた。
「もうっ‥ゼルガディスさんは興味ないんですか?郷土料理とか名産品とか」
慌てて小走りで彼の隣につく。先程より速くなったペースに、さっきまでは自分の歩幅に合わせてくれていたのかもと思案する。
「興味ないな。俺はこの身体を元に戻すために旅をしているんだ。異界黙示録の写本の手掛かりさえ掴めれば、あとはどうだっていい」
「知ってますけど‥でも美味しい物我慢したら元の身体に戻れるわけじゃないですよ。先の長い旅なのだから楽しく行きましょうよ」
「‥勝手に長くしないでくれ」
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