16人が本棚に入れています
本棚に追加
「僕の家はすぐそこだから大丈夫だよ。
なぜ君は、こんな場所に突っ立っているんだい? 理由を聞かせてよ」
存在を拒まれ、なんだか僕は面白くなかった。なぜ、大雨の中、こんな所に一人で立っているのだろう。その理由を聞いてみたくなった。
「……たいしたことじゃないよ。ただ、失恋しただけ」
力無い笑みは、儚げに揺れる。
「そう、たいしたことじゃない……たいしたことじゃない――はずなのにね」
笑顔。
彼女は笑顔……だけど。僕には解る。
降り注ぐ雨が、彼女の涙を隠していることが。
僕が見た、彼女の瞳の潤みは間違いではなかったことが。
「好きだった……大好きだった。一生に一度の恋だと――思っていたのに」
僕は黙ったまま、聞いていた。ただの一言も発しもせずに。
「……雨は好き。
隠してくれるから、私のこの涙を。
流してくれるから、私のこの想いを」
気が付けば、僕の手から傘が離れていた。
なぜだか、こうしなければならない気がした。
「泣くなら、今だけ、特等席がここに」
僕の手から離れた傘が地に落ちる。
「――――!!」
彼女の小さな肩が僕の胸に収まる。
小さな鳴咽。
小さな身体。
冷たくなった身体。
彼女の震え。
「今だけ特等席。僕は何も見ない、何も聞かない。――だから、安心して泣いていいから」
なんて陳腐な台詞だろう。自分に自嘲して。
「う……うぁあああああ……!!」
泣き叫ぶ小さな身体にそっと優しく腕を回した。
その日以来、彼女とは会っていない。
僕は彼女と離れてから気付いたんだ。
あの大雨の中、佇む彼女に心を奪われていたことに――。
彼女に一目惚れをしていた自分に――。
そして、僕は今日も帰途に就く。
曲がり角でばったり彼女に出くわさないかと、そう願いながら――。
END
最初のコメントを投稿しよう!