43人が本棚に入れています
本棚に追加
/33ページ
いつの日の話だろうか。
それは、遠い日の思い出。
もうすっかり朧気になってしまった記憶の断片。
だが、それは確かにあった出来事で、嘘偽りの無い真実だった。
少年は一人の少女と出会った。
真っ白なワンピースを来た小さな天使、それが少年が感じた少女の第一印象。
金糸を束ねたような頭髪に宝石のような蒼い瞳。
素肌は透き通りそうな程に白く、僅かに差した朱色が健康的な可愛らしさを醸し出している。
彼が声をかけると少女は少し驚いた顔をして少年を見つめた。
「魔女はね、嫌われ者なの」
うつむいて、寂しげに少女は呟いた。
突然の事に何の事だかわからず、少年は首を傾げる。
「まじょ?」
「そう。魔女。それもとびっきりの魔女なのよ、私」
自嘲気味に笑って、少女が指を振るうと、少年の視界が七色に弾けた。
刺すような光に少年は思わず目を瞑ってしまう。
「いいわよ」
と少女の声がして目を開けると、辺り一面が色とりどりの花畑になっていた。
家の庭に咲いているような花から見たこともない花まで、雑草しか生えていなかった公園を美しい花々が埋め尽くしている光景は夢のようであった。
「すごい、すごいよ!」
少年は大声を上げて喜んだ。しゃがみ込んで、愛おしむように花を撫でながら心底嬉しそうな表情をしていた。
「これが、まじょの力なの?」
「……そう」
やはりどこか寂しげに少女は頷き、顔を伏せ、少年と目を合わせようとしない。
「どうして嫌われるの? 素敵な力なのに」
「どうしてだと思う?」
少女はゆっくりと右手を翳し、ゆらゆらと手のひらを泳がせる。その姿は楽団を指揮をしているような仕草にも見えた。
すると、ふわり、と無数の花びらが風に舞い上がり、そしてさらさらと砂になり、空気に溶けていく。
淡い光を発しながら、公園に咲いた花は一つ残らず消えてしまった。
その光景を、少女は悲しげに眺めていた。
「花はね、いずれ枯れるの」
少女の声もまた風にかき消されそうなほどに弱々しく、どこか詩を紡いでいるようにも聞こえる。
最初のコメントを投稿しよう!