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1863年(文久3年) 8月31日――夕刻 ギイン、ギイン‥ッ 薄闇の中、金属の触れ合う高い音と低い怒号が溢れ返る。 場所は、京のとある宿屋。 刃を交えるのはバラバラの着物を纏った浪士達。 先程まで穏やかな雰囲気で寛いでいた一般人は、とっくの昔に姿を消していた。 そんな殺気満ちる空間の奥、辛うじてまだ斬り合いが始まっていない奥の部屋で、中央に正座した男が険しい表情で低く呼ぶ。 「‥‥居るか」 「はい」 呼ばれた人物は小さく返答し、闇の中から音も無く姿をあらわして畳に片膝をつく。 身体に纏った闇に紛れる漆黒の長い羽織りの上で、同じく長いマフラーの紅色が闇に浮かび上がる。 呼んだ方の男は、斜め後ろに姿を見せた相手を振り向きもせず、騒ぎがだんだんと近づいてくる前方を睨むように見据えて刀に手をかける。 「あちらの状況は」 「‥残念ながら、僅かとは言え相手の方が上手です。最初よりもこちらの押される箇所が増えて来ているようです」 「‥‥そうか」 やはり駄目か、と自嘲気味に呟いた男は、立ち上がりゆっくりと刀を抜いた。 そのまま緩慢な動作で刀をきっちりと正眼に構え、すぐそこまで迫った騒ぎのもとをじっと見据える。 「流石は壬生浪士組、と言ったところか」 「‥‥‥」 「最後の任務を言い渡す。心しておけ」 「‥はい」
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