三十六

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無意識に自分の拳へ向いていた視線を、総司に戻した。 熱いのか、苦しいのか…。 目を瞑ったまま、自身の胸倉をギュッと掴んでいる。 「あな…たちと、   一緒に……いきた…です。  かな…ず役に、…ちますから   おいて…、…かないで。」 「総司…。」 思わず、ため息交じりの声が洩れた。 どうやら譫言(ウワゴト)だったようだが、その言葉が総司の切実な思いだと…、土方の胸を痛めつけた。 総司が病を申告しない理由…。 それは、隊務から離れたくないから。 『自覚を持て、総司。』 土方は諭すような思いで総司に言ったが、当の本人も、そんな事は分かっていたのだろう。 気を付けて治る病なら、養生だってする。 しかし、重い病…不治の病だと知られれば隊内では多少なりとも動揺を呼び、中にはこれを好機とする者も有るかもしれない。 隊外に於いても、「沖田総司」の名前を出しただけで怯える者がいるという状況は、新選組にとっては好都合だった。 ただ一個人が倒れただけ…とはいかない。 総司は壬生浪士組時代から、一番隊の隊長・組頭を務め続けてきた「沖田総司」なのだ。 どんな血腥(チナマグサ)い任務も、誰よりもこなしてきた…。 その総司が倒れるという事は、近藤の新選組にとって悪材料。 そんな事、…分かっていたのだ。 .
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