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私は死を恐れているのか。きっとそうなのだろう。
自分がこの世から消えて、なにもできなくなるから怖いのではない。私が消えて、そこにあったはずの私の痕跡が消えていくことが怖いのだ。私が存在していたことは確かなのに、それをだれもが忘れてしまうのが怖いのだ。
でも家族なら──、私を覚えていてくれるかもしれない。
私は自由気ままに生きていて、それほどなにかに執着したことはなかった。
けれど、こんなに老いぼれて、体が利かなくなって、死が近付いてくることがわかると、私は無様に生にしがみついているしかなくなる。
死んでもいいと、なにも心残りはないと思っていたはずの老いた私にも、心残りがあったのだ。
私は昔の私ではない。家族がいる。あたたかく私を迎え、包んでくれる優しい家族がいる。彼らのために、私はまだ生きていたいと切実に思っているのだ。
──わかっていた。本当に、もう長くはないことくらい。
私は再び空を仰ぐ。月の光はやっぱり優しい。昔から、この冷たいあたたかさに何度涙を流したことか。
けれど今、頬を涙が伝うのは、心が、体が、泣いているから。どうしようもない、抗いようのない強い力に屈伏するしかない自分が、ひどく情けないから。
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