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帝はお心を痛めるあまりに気もそぞろで、なすすべもなく茫然としています。
更衣のために特別にて車をお許しになる宣旨を出されてからも、また更衣の部屋に引き返し、やはりどうしても更衣を手放すことができません。
「死出の旅路にも、必ず二人で一緒にと、あれほど固い約束をしたのに、まさか私一人を置いて、去っては行かれないでしょう」
と、泣きすがって言われる帝の心が、更衣もこの上なくいたわしく、切なくて、
限りとて別るる道の悲しきに
いかまほしきは命なりけり
(今はもうこの世の限り
あなたと別れて一人往く
死出の旅路の淋しさに
もっと永らえ命の限り
生きていたいと思うのに)
「こうなることと、前々からわかっておりましたなら」
息も絶え絶えにやっとそう口にした後、まだ何か言いたそうにしておりましたが、あまりの苦しさに力も萎え果てたと見え、言葉が続きません。
帝は分別も失われ、いっそこのままここに引き留め、後はどうなろうと最後までしっかりと見届けたいと思うのでした。
ところが傍らから、
「実は今日から始めることになっていた御祈祷の支度を整えまして、効験あらたかな僧たちが、もうすでに里のほうで待っております。御祈祷は今夜からでして…」
と、申し上げ、しきりにせかせるので、帝はたまらない気持ちのまま、今夜はどうすることもできず退出を許しました。
帝はその夜は淋しさと不安で心が塞がり、夜を明かすことができませんでした。里へ見舞いにやった使いが、まだ帰ってくる時刻でもないのに、気掛かりでたまらないと、しきりに話しておりました。
更衣の実家では、
「夜中過ぎに、とうとうお亡くなりになられました」
と、人々が泣き騒いでいるのを聞き、帝の使いも気落ちして、宮中へと戻りました。
それを聞いた帝は、悲しみのあたり茫然自失となり、部屋に引きこもってしまいます。
こうした中でも、若宮をそのまま側に引き止め、顔を見ていたいと思うのですが、母の喪中に若宮が宮中にいるのは、前例のないことなので、仕方なく若宮も更衣の実家へと退出します。
若宮はまだ何が起こったのかわからず、女房たちが泣きまどい、帝までもがしきりに涙を流されるのを、不思議そうに見ていました。
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