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意を決して俺は自分の意志で頭を垂れる。俺の唇が姫華のデコに近づく。うわ、何か凄い罪悪感が胸の奥からダムが決壊したかのようにとめどなく溢れてきた。何かすみません。
でも、接近はやめない俺。
続きが気になる漫画が終わるまでは死にたくない。麦わらの陽気な海賊物語とかさ。
そして、俺がある予感を脳裏によぎらせながら、白魚のように綺麗なデコに俺の唇が触れそうになるまさにその瞬間、浮遊感を感じる。
ああ……、分かってさ、俺。
ふっ。やっぱりな。
視界に移るのは、闇色の空、宝石と見紛うばかりの星の輝き、そして俺をあざ笑うかのような不恰好な三日月。俺は、姫華に投げられていた。
そして、
「……ッ!」
地面とぶつかり、背中を言いようもない衝撃が襲った。それから痛みは全身に……テーブルクロスにこぼしたコーヒーが染み込むがごとく広がっていった。
見事だ、姫華……。受け身を取る隙も無かったぜ。だが教えてくれないか? どうして俺は投げられたんですかっ!
ま、良いか。いや、ぜんっぜん! 良くないけど、息が出来るようになったからな、うん。それだけで今の俺は幸せを感じるから。呼吸が普通に出来るって素晴らしい。
大袈裟? 何をバカな。大袈裟などではない。一回海で溺れてみろ。今の俺の気持ちがよく分かるから。いや、マジで。
ゲホゲホとせき込みながら俺は上体を起こす。そんで、キツくなったネクタイを緩め……、いや、緩めるだけじゃなくて外した。そして目元を袖で拭う。
何か……ものすごく情けないような気がしないでもない俺に、頭上からやや剣呑な、それでいて照れているように思えなくもなくはない声がかかる。
「乙女の純情を弄んだ罰よ」
……乙女、ねぇ。はんっ、笑止千万である。
「ねぇ、あんた今ものすごく失礼なこと考えなかった?」
鋭いな、無駄に。
「考えてないよ」
平気で嘘をつきながら立ち上がり、砂利を叩き落とす。新品なのにな、これ。一回着ただけでヨレヨレになってしまった。
「で?」と、俺。「俺がどう純情を弄んだって言うんだ? いくら物事を荒立てないで笑って見過ごす俺でも今回ばかりはちょっと頭にきたんだが」
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