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けったくそ悪い。昔のことなんか思い出したくもないのに、何で今日に限って……。いや、原因は分かってるさ、龍聖の奴と会ったからだ。
「ねぇ」と顔を俯かせた姫華。「あんた……キスしたことあんの?」
「ない」
俺、即答。
でもさ、女子ってファーストキス大事にするじゃん? アイツだって泣いて抵抗してたし――ってまた……。記憶力が良いってのも問題だな、こりゃ。ふむ、この記憶力の良さはオヤジ譲りかもしれないな、今思えば。
さて。
「はぁ? ないの?」
まずはこの怒れる子獅子みたいな奴を諫めなきゃ。口元をわずかにひくつかせているのが、おっかない。
「悪いか? へっ! 年齢から彼女いない歴を引いたらゼロとイコール結ばれて何が悪いっ!」
なんかみじめになってきた。
「あんた、言っててみじめにならないの?」
なったよ。だから呆れたように言わないで、傷つくから。
「それには触れるな、デリケートな話題だ。それよりも分かったな?」
ここ数年見せたことないくらい真剣な顔して言ったんだが、
「そっか。へへっ。――は、まだ――な――のか。だったらあたしが――」
ダメだ、訊いちゃいねぇよ、こいつ。どっかの空想世界にトリップしちゃってる。旅費がタダでお手軽だからってあんま行かない方が良いぜ。変質者にしか見えないから。
「お熱いところ悪いんだけどさー」
「うわあっ!」
どっかの異次元にイってしまった姫華を生暖かい目で遠巻きに眺めていた俺の耳に息が吹きかけられた。悪寒が背筋を走り抜け、力が抜ける。
こんなことをするのは一人しかない。見た目二十代半ばのくせして中身は噂好きの男女の区別に加えられた第三の性別であるおばはんそのものであるお人、神巫ママだけだ。声も神巫ママだったしな。
いたの忘れてた。
てか、今の訊かれてたのだろうか。だとしたら埋まりたいくらい恥ずかしいのだが。
「ばっちり聴いてたよー。真面目なんだねー」
うふふ、と膝から力が抜けてしまうくらい輝かしく笑いながら神巫ママ。今なら俺、軽く恥ずか死ねる気がする。
「参考までにどこから聞いてました?」
「キスは好きな人とするから良いんだー、からかな?」
なるほど。ならば、俺が瀕死になってるのを見過ごした訳ではないのか……。だが、しかし――ぐぁっ!
うん、やっぱ恥ずか死ねるわ。
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