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「母さん、頼むから、俺を帰らせて……」
「頑固ねぇ……。誰に似たのかしら?」
十中八九母さんです。先ず間違いなく。
「何でそんなに帰りたいの?」
「いや、常識的に考えて女の人の家に泊まりに行くとかしないよ?」
しないよね?
「良いじゃない。別に常識的じゃなくても。それとも、何か不都合でもあるの?」
「いや、だから明日友達と一緒に遊ぶんだって」
まだメール着たの見てないから正確には違うが。
「始発に乗れば問題ないわよ」
ごもっとも……。でも、やっぱり倫理的に問題あるよね。何より着替えないし。最低でも下着は毎日替えたい。
と、袖をくいっと引っ張られた。背後を見やると、神巫ママとの会話を終えた姫華が何やら神妙なツラをしてそこに立っていた。うーわ、何か嫌な予感がする。
「何?」と、俺。
「ん……、ちょっとこっちに来て」
何だよ。今忙しいのに。後にしろ、後に。
――とは言えない空気である。やっぱ俺はヘタレなのかな……。
「分かったよ」
「すいません」と姫華は母さんに頭を下げ、「すこしお借りしますね」
レンタル料は一時間五百円になるが構わないかい?
「安い男ね。くだらない冗談は良いから少し黙ってなさい」
☆ ☆ ☆
学校の猫被りとも、俺んちに押しかけてきてエロゲをやっている時とも異なる異様な静けさを醸し出している姫華に連れられて来たのは、リムジンがある場所からは会話が聞かれそうにない場所だった。この建物の入り口付近でもある。入り口の外を通り過ぎていく車のエンジン音が少しうるさいが、会話に支障はないだろう。
「ねぇ」と、姫華。「家に泊まるの?」
「…………」
泊まらない交渉を母上にしていたところを引っ張って来られたから何とも答えようがないな。俺としては帰りたいのだが……。
「どっちなの?」
まずいな。さっきまでの静けさはすでになりをひそめはじめ、平素の姫華に戻りつつある。そろそろキレそうだ。だが、少し黙ってろ、と言ったのは姫華なのだ。だから俺は黙るのさ。
自分に都合の良いように素直になる俺であった。こんな自分にすこしうんざりだ。
「ま、良いわ。家に泊まっていきなさい」
イヤだ。姫華、よく聞け、良いか?
頼むから、そういうのは彼氏相手にしろ。
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