日曜日

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「ねぇ、話、聞いてる?」 はっ、として前を見ると、百合子が不満げに眉を寄せて、私を見ていた。サックスの響く、静かな喫茶店の一席に、私と彼女は座っていた。 「ごめん、聞いてなかった」 正直に言うには少し気が引けたけど、どうにも彼女の前では隠し事はおろか、小さな嘘さえつけない。 「だろうと思った。全く、高校の時から変わんないね、あんたは」 百合子はアイスティーのグラスに立ったストローを噛みながら、私を恨めしそうに見つめる。 時折私は、こうして時間の旅に出て、人と会話していることを忘れてしまう事がある。 そんな所が、変わってない、のだろう。きっと。 「だからね、私、直行さんとの結婚、本気で悩んでるの。経験者は語る、って言うでしょ?千恵の意見が聞きたかったの。どう?」 どう、と言われても、私は直行さんの事なんてちっとも知らない。そして百合子は、私より何でも器用にこなす子だから私の意見なんて当てになるはずないのに。 「とりあえずしてみれば?結婚」 我ながらなんて投げやりなアドバイスだろう、と思ったけれど、正直に言ってこんなことしか思い付かない。案の定、百合子は苦い表情をしたかと思うと、にぱ、っと笑ってアイスティーをかき混ぜた。 「それ、いいかも」 そんな馬鹿な、と思ったけれど口には出さないように我慢した。百合子は隣のお洒落な椅子に掛けていた鞄を開けて、中から一枚の用紙と小さなケースを取り出した。 「ここに、印鑑、っと」 驚いたことに、それは婚姻届だった。
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