海野棟綱と幸隆

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村上義清 諏訪頼重 武田信虎 らの連合軍が示しを合わせ、海野平へと押し寄せた。 村上軍は、砥石城から 諏訪軍は、和田峠を越え 武田軍は、佐久郡から 海野平とは信濃の現在の上小地区である。 天文九年の五月 「高白斎記」によると、海野一族の抵抗は凄まじく、五月十三日より二十五日まで戦闘の末、海野落城とある。 この合戦で、総大将海野棟綱は逃走、嫡子幸善は戦死。 棟綱は上野の山内上杉氏を頼り、鳥居峠を越え落ちて行った。 その逃走を助けたのが真田幸隆である。
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