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さわ、と小さく木々が揺れる。ふと視線を上に向けると、黒い雲が退けて月が出てきた。半分に欠けた白い鏡、ああ、半月か。
ぱさ、と暖かい何かが肩に掛かった。暗くてよく見えないが、薄いブランケットだった。後ろを振り向けば、人当たりの良さそうな微笑みが向けられる。それだけは、暗いというのにはっきりとしていた。
「冷えますねえ」
至極、穏やかな声だった。心地よく低いその音は、眠りの中と似ていた。
「あの」
そう呼びかけたものの、続く言葉が見つからない。ならば、どうして呼びかけたのだろうか。理由は自分でも分からなかった。しんと静まりかえり、どうしようかと思考を巡らす。しかし、答えは出ない。
長い沈黙の後、ゆっくりと彼は口を開いた。
「時が、きましたよ」
変わらぬ声音だった。しかし、きいん、と冷たい空気が体内に浸透していく感じを覚えた。ようやく身体が感覚を取り戻したのだ。
「……あ」
――そうだった。
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