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「もうやめて……」
妖怪は懇願した。全身の傷から血を流し、目には涙を浮かべている。数時間に及ぶ暴力に体は震えていた。
そんな姿を見ていると僕も涙が出そうだった。
「それはできません。仕事ですから」
この言葉は嘘だった。妖怪と人間の関係が敵対から友好へと変わりつつある今、僕のような妖怪退治の専門家のところへまいこむ依頼は減少していた。
よって僕は妖怪退治をとうに廃業し、普通の生活を送っていた。
では何故、僕は今も妖怪を狩り続けているのだろう。
「もう……やめて……」
妖怪は繰り返す。
なんと不憫なのだろう。
なんと非力なのだろう。
僕はこの妖怪の願いを、少しだけ聞き入れることにした。
「それじゃあ……終わりにしましょうか」
僕は妖怪の身体を抱くように持ち上げた。
妖怪の体温を感じた。今に消え行く命が僕の手の中にあることを思わせた。
僕は持っていた包丁を妖怪の背中に深々と突き立てた。
ほんの少しだけうめいて、妖怪は動かなくなった。
風が吹いた。まるで、妖怪の命を持ち去っていくように。
……気づくと僕は妖怪の死体を抱いたまま涙を流していた。
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