お月さまの向こう側

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  さりげなく近い距離を、そっと彼が繋いだ。 「……ぇ……」 不器用に握られた手のひら。 見上げた黒沢さんは、ただ真っ直ぐ前を向いて。 「だめ、ですか?」 ちらっとこっちを見た。 その眉の垂れ具合とか、情けなさとか。 それが赤西にそっくりで。 「いい、よ」 握られただけの手を繋ぎ直した。 指を絡ませる繋ぎ方に。 「こっちの方がいいでしょ?」 イタズラっぽく覗き込めば、ぐっと引かれた腕。 もう片方の手のひらが、かずの頭を包んで。 「黒さ、わ…」 触れた唇は、ひたすらに優しく。 そして少し、震えてた。 「かず、」 至近距離で、少し低く呼ばれた名前が頭を痺れさせる。 それはあの日赤西が呼んだ、『かめ』と同じ響きだったから。 繋がれた指がほどけて、その手がかずの背中を包む。 携帯が握られてない左手。 「かずちゃん…おれ…」 切羽詰まった声色に、心臓はギュッ掴まれたみたいに痛くなる。 「おれ、かずちゃんのこと」 だけど、その続きはかずが塞いだ。 言わないで。 断らなきゃいけなくなるから。 チュッと離れた唇と、呆然としてる彼。 「だめだよ」  そうとだけ言って、駆け出した。 慣れないヒールで上手く走れなくて。 だけど、彼は追いかけて来てくれなかった。  
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