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朝霧が立ち込める街。
この街には東西に延びる大きな道路が有りました。
その道路沿いは栄えていましたが、ひとつ脇道にそれれば田舎道が広がっています。
ちょうどこの街の西端に踏み切りがあり、そこから東に二つ目の信号を右に曲がり、右手に田んぼを認めながら、やがて現れるY字の交差点。
そこを左に曲がると見えてくる公園の北側には、神社が佇んでいます。
コンクリートの鳥居をくぐり、いかつい顔で睨んでくる狛犬たちの間を通り、砂利が敷き詰められた境内を進むと、やがて見えて来る本堂。
そこに設けられているお賽銭箱を右に進み、床下を覗けば……
「う……ん……」
黒猫が一匹、幸せそうに眠っていました。
黒猫の毛並みはとても整っていて、気品溢れるその容姿からも、黒猫の性格がうかがわれます。
ただ、黒猫に首輪は無く、名前も有りませんでした。
この黒猫はいわゆる野良猫。
日々を放浪する、孤独な存在でした。
ただ、今は朝。
普段見せるであろう野生に溢れた姿はうかがえません。
穏やかな顔を浮かべ、耳や尻尾を時より動かし、体を上下させ、夢見心地でした。
そんな平和な一時が流れていた神社の境内に、変化が訪れました。
少しずつ聞こえて来る雑踏と人々の声。
やがて神社には、眠たそうに目を擦る子供、友達と楽しそうに会話を交わす子供、そんな子供に付き添う大人、その光景を眺めて微笑むおじいちゃん、おばあちゃんなどで溢れかえりました。
老若男女、ざっと数えて30人程。
静かだった神社の境内は、今や喧騒に渦巻かれています。
そんな喧騒が渦巻く中、代表と思われる中年の男性が一人、お賽銭箱の前にラジカセを置きました。
そして、時計をチラリと確認すると、スイッチを入れました。
「ラジオ体操を始めましょう~!」
ラジカセから、音楽と共に大きな声が境内に響き渡りました。
この神社の境内は、ラジオ体操の会場でした。
その声に気付いた人々は雑談を中断し、思い思いに準備を始めました。
ラジカセから音楽と、地域紹介などの声が鳴り響いている中、静かに動き始める影がひとつ。
「ん……何だよ、せっかく気持ち良く寝てたっていうのに……騒々しい……」
ラジカセから発せられる騒音に、藍色の瞳をしばしばさせながら、黒猫は目を覚ましたのでした。
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