短編 ひとつめ

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「殺しちゃった恋人の母親。」 「恋人を殺したの?」 「そう。 彼女、入院してて。 癌だったんだ、助からないって言われるくらい酷い状態。」 「助からない人をわざわざ殺したの?」 「うん。 彼女がね、言ったんだけど、死ぬのは救いなんだって。 で、屋上から飛び降りようとしてた。 でもね、怖かったんだって、死ぬの。 だから手伝ってあげた。 背中を押した。 落とした。 おかしいよね、救われるって自分で言ったのに、怖いなんて。」 「救われないからだよ。」 「そうだったのかな? でも僕はそう思わない。 確かに彼女は救われたよ。 それを手伝えたんだ、僕は幸せ者さ。」 「じゃあ何でここに来たの?」 答える代わりに空を見上げる。 冬の日の入りは早く、辺りは既に暗かった。 少し離れたところにある土産物屋は明るいけれど。 「彼女に会いに行くためさ。」 そう言って、真下を見る。 母なる海は暗闇だった。 「そっか。 お幸せに。」 彼の一言を機に前に倒れ込む。 見つめた先の暗闇に、 彼女はいなかった。
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