最終章。『回帰 ~海を歩いたのは誰?~』

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時間が経ち、自分達が重い雰囲気に押し潰され掛けていた事に宮井が気付き、宮井はその雰囲気を押し上げようとする。 「い、いやあ、素晴らしい推理です。さすが紺野さん、恐れ入りました。そして、遺体の移動の謎もやっと解けそうですが、その事が大将や女将のスポーツ歴と何か関係が……」 宮井の称賛の言葉をもう何度聞いた事だろう。だが、それが嫌だと思った事は一度もない。 「夜の海、特に明かりのない夜の海くらい不気味なものはない。それはこの辺に住んでいる皆さんならよくご存じだと思います」 真っ暗な山中も不気味だが、海にはそれと違った不気味さがある。 「確かに……」 宮井の同意に追随して他の捜査員達も一斉に暗黙の同意を示す。 「夜のそういった海に私のような『ズブ』の素人が入れと言われたってそう簡単に入れるものじゃない。しかも遺体を運ぶんですから、その心境たるや尋常ではないでしょう。それで、海に慣れているか、泳ぎに長(た)けている必要があると思ったものですから」 「あ~~っ、そういう事でしたか。分かりました、早速、明日にでも調べます。ついでに静代に会ってビラの件も聞いて来ます」 「お願いします。ただ、ビラの方は時既に遅しだと思います」 「ですね」 嘗ての宮井なら、この一言ですら大層ガッカリしていたが、今の宮井にはそれがない。落合逮捕に自信を深めたからなのだろう。そして、ここで再び尚也が口を開く。 「じゃあ、先生、大将が西原さんの事をわざわざ警察に届けたのも捜査の撹乱を狙ったものだったんですか」 「だろうな。殺害が行われた時刻にその付近で不審者を目撃しながら警察に届けないのは不自然だし、西原の方だって大将を目撃してるんだから西原の供述で大将の方に捜査の目が向けられる可能性だってある。だから先手を打った……今思うとあの時の大将の西原に対する『申し訳ない事をした』という言葉はその事に対する謝罪だったのかも知れないなぁ」 そう言うと卓司はグラスを掴み、嫌な事を忘れてしまいたいかのように大きく口を開けて残りの麦茶全てを喉の奥へと流し込んだ。
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