第5章。『混沌』

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〔1〕 市中心から5キロ、立石の別荘から3キロの所にある片側1車線の道路左側に車をハザード状態にして止めたまま、卓司と美弥は問題の電柱の前に立つ。暑い中、直線30センチの電柱と2人の影は東側に長く伸び始めていたが、時折、『ざわざわ』と林の枝を揺らす風は深緑の清々(すがすが)しい香りを運んで来るようで心地好かった。 「……ぶつかったのはこの電柱ですか」 「市内寄りの最後の1本と言ってたからそうだろう」 その電柱を見てから反対側の1キロにも及ぶ長い道路の端を見る。その先を行けば別荘地、そして、端に見える民家はまるで米粒のようである。道路の右側はずっと畑が続き、今立っている地点から 300メートル先の左側には公園もある。勿論、ここから公園の中を窺い知る事は出来なかったが、親指程の大きさの人が園内に入って行く姿が見て取れた。 「朝も早いし、誰も来ないから飛ばしたくなったのかな」 「そうですねぇ、この直線ならあると思いますよ」 卓司の後に続いて美弥も道路の端に顔を向ける。 「で、この電柱にぶつかって向こうに投げ出された……」 今度は緩い右カーブが終わり、中沢が投げ出された直線の道路を見る。右側にまだ林が続くが、左側の畑は終わり、代わりに小高い丘が表れ、そこから 100メートル先にやっと1軒の民家を見る事が出来た。 「即死だったんですかね」 「あそこまで投げ出されたらまず即死だろうね」 既に4年前の事、しかも朝方となると今見ている景色とは異なるだろうし、事故が事件に変わってないのは遺体を解剖しても怪しいところが見つからなかった為なのだろう。 「所長、これからどうするんですか。約束の時間までまだありますよ」 高須明日香の家には午後7時に長谷神社の鳥居前で待ち合わせて向かう事になっていたが、今は4時を少し過ぎたところである。 「どうしょっかぁ」 「へへへ、旦那、耳寄りな情報がありまっせ」 変な笑みを浮かべ手揉みをしながら美弥が近づいて来る。
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