2.彼女というもの

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その日の夜は、CDショップで聴いたユウコの演奏に刺激され、そして自分のディスクに背中を押されて、いつもより練習に熱が入った。 ヴァイオリニストとして、『CDの方が良いね。』と聴衆から言われる事だけは、何としても避けなければならない。だからといって奇をてらうわけではないけれど、より自分のイメージが強まるように、そしてそれが音として表現されるように練習を重ねる。 それにもう次の仕事、アメリカ西海岸からオーストラリアに至る演奏旅行が目の前だ。 このシリーズでは主に、バーバーという現代の作曲家の協奏曲を弾くが、この曲はハリウッド映画のBGMになりそうなくらい、ロマンチックで劇的な内容だ。また、ソロリサイタルも毎日のようにあるが、ベートーベンのスプリングソナタを中心に、クライスラーなどお馴染みの小品を組み合わせたプログラムになっている。 今回はルドは来ないので、約一ヶ月間の一人旅になる。ルドが、仕事を休んで新婚旅行に行ったことを悔やまなくて良いように、一生懸命頑張りたい。 などと思いながら朝まで練習をして、ちょっとだけ寝ようと練習室のソファに横になった。ベッドに寝ると熟睡してしまうだろうから、ソファを選んだのだ。 そう、あと1時間もしないうちに彼女に「おはようメール」をしなくてはならない。エリは僕のメールで起きるのだし、遅れないようにしなくては。 それなのに、僕が目を覚ましたら、もう昼過ぎだった。 あぁしまった。寝過ごした。 携帯を見ると、7時過ぎに彼女からの「おはよう」、そして、8時前に「学校に行ってきます。」というメールが入り、そして10時頃に着信もあった。 ちゃんと学校に行ったのなら良かった。 「寝てしまってた。ごめん。」 そう携帯に文字を打ち込んで送ろうと思ったものの、今連絡すると授業中かもしれないし、何かとまずいかな…と思った。また学校が終わるくらいに連絡をしてみようかな。 それまでシャワーでも浴びて、練習しよう。 僕は携帯を閉じ、ソファの上にポンッと放り投げた。
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