3.ヴァイオリニストというもの

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翌日の午後2時、ニューヨークでは夜の11時きっかりに僕はエリに電話をした。 着信音は鳴ってるのに出ない。しかし、今日はちゃんと話さないといけない。 僕はもう一度電話をした。 「もしもし…」 男が出た。 電話を切った。 ちょっと待ってくれ。何なんだ、今のは。 かけ直そうかと思ったが、そんな勇気はない。 電話がかかってきた。エリからだ。 出る。 「…」 「…」 無言の時間が流れたが、僕は言葉を探す気力もなかった。そんな僕に、エリは遠慮がちに言った。 「この間、テレビにジムが出てた時に…」 ニューヨークフィルとの事か。 「評論家の人が言ったの。ジムは今、世界中から引っ張りだこの演奏家で、三年先までコンサートが決まってるって」 「…」 「今回、オーストラリアから帰って来ても、またすぐにどこかに行ってしまうんでしょう?」 「…」 「いくら待ってもきりがないって思った」 彼女は泣き出したが、それでも待っててくれ、なんて事も言えない。 「いつから?」 電話の男とだ。 「朝のジムとの電話の前に告白された」 だからあんなに動揺していたんだ。あの電話の後に男の気持ちを受け入れたんだ。 「信じてね。ジムの事、大好きだった。優しくて楽しくて」 彼女は泣きながら言う。 が、もういい…。 「それじゃあ」と言って、電話を切ろうとした僕に彼女は言った。 「どうして約束の時間より一時間も早く電話してきたの?」 「えっ?」 「彼の存在を知らせるつもりはなかった。約束までまだ一時間あるからって、たまたま席を外してたの。あなたをこんな形で傷つけるつもりはなかったのに」 何故だ? あっ、サマータイム。 サマータイムの計算を忘れてた。 シドニーはサマータイムが導入されているから、いつもより一時間足さないといけなかったんだ。 「ははは」 笑うしかない。知らなくて良いことを、自分のミスで白日に曝してしまった。最後の最後までカッコ悪いバカだ。涙も出てこない。 でもこれで迷いは晴れた。エリとはもう終わったんだ。 僕はエリの質問には答えずに、「それじゃあ」と電話を切ると、一瞬の躊躇の後、彼女の連絡先を携帯から削除した。
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