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……それから一時間程経ったであろうか?
あの駅前の雑居ビルから、一人の少女がドアを蹴り開けた。大股で駅前へとずかずか歩いていく。
引っ詰めたお団子は、先ほどの少女達と同じだ。年の頃も同じくらいだ。が、他の部分はまるで違っていた。
羽織っているのは、だぶだぶの紺色のブルゾン、というよりジャンパーといった代物だし、ベルトでどうにか腰に止まっているジーパンは膝に握拳大程もある穴が空いている。元々は白かったであろうVANSのスニーカーはねずみ色と茶色に汚れ、縫目には穴が空いていた。
身体の線は細い。と、いうより虚弱。サイズオーバーな服を着ていても、まくった袖や裾、首から、骨筋がくっきり浮かび上がったのが見えていて、いまにも折れてしまいそうだ。頬も落ち窪んでいる。綺麗な丸い額、ぱっちり大きな瞳と長い睫毛、小さな口元。
もう少し頬に肉を付けて、にっこり笑えば美少女間違いなしなのだが、眉間に皺を寄せて口を「へ」の字にし目を吊り上げた今の彼女は、まるで御伽話に出て来る妖魔そっくりである。
やがて駅前のコンビニ前にたどり着いた彼女は、ポケットからラッキーストライクの煙草を取り出して口に咥え、100円ライターで火をつけると、深く煙を吸い込んだ。
そして、吐き出した煙と一緒に、呟く。
「……あのクソババァめ、次こそは膝蹴りかましたる」
眉間に、より深い皺。真珠のような歯が、ギリ、と擦れて鳴った。
またタバコを口元に持っていきかけ、それがもう短くなっていたのを見て舌打ちし、隣りにあった灰皿に捨てた。
そして、すぐ横に止めてある自転車のカギを開け、カゴにボロボロのトートバッグを投げ入れると、サドルに跨がり走り去っていった。
カゴの中のトートバッグから、トゥシューズのリボンがはみ出して、ひらひらと夜風に舞っていた。
千羽 友子(センバ トモコ)。
都立高校に通う、高校二年生。留年の為、現在十八歳。
雑居ビルの五階にある、「森本バレエスタジオ」の選抜クラス所属。
そして、スタジオ随一の問題児である。
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