出会い

11/28
前へ
/28ページ
次へ
バイオリンの弓を持つようにメスを把持する。 そして指でカウンタートラクション(ある力に対して反対方向の力をかけること。牽引)をかける。 右肋骨弓下(右上腹部。右のあばらの下)からへその少し下まで切開(傍腹直筋切開)する。 真皮まで深く切り裂いていく。創全体に血が滲んでいる。 人の肌を切り裂くサディズム、血の美しさに引かれて外科医になった毒島にとって、 この瞬間こそ手術で最も娯楽的で快感を味わう時だ。 「鑷子、ガーゼ」 浅尾が、創の出血をガーゼで拭う。 「コッヘル鉗子」 コッヘルを受け取った毒島は、コッヘルで出血点を摘まんで止血する。 「鑷子、電メス」 筋膜の切開のために鑷子と電メスを毒島がオーダーする。 第一助手が鑷子でカウンタートラクションの補助をしなければならない。 「鑷子」 浅野のに鑷子が渡される。 毒島が鑷子で筋膜を右方向に引っ張ると、浅尾が左方向に引っ張る。 こうしてカウンタートラクションがかかる。 そのカウンタートラクションがかかった鑷子の二つの真中を電メスが走る。 独特な肉の焦げた匂いとわずかな煙が出る。 筋膜が切開されると、半透明な腹膜が顔を覗かせる。 同じように、腹膜を切開する。 腹膜を切開創を中心に検索する。 「鈎」 浅尾が鈎(ヘラ)で切開創を広げる。 「鈎もう一本」 慌てて、松沢も鈎を受け取る。 二本の鈎で切開創は広がった。 毒島が腹腔内を探っていく。 主病巣である右側結腸にはがんとおぼしき白い腫瘍があるが他に転移らしいものは見 当たらない。 腹膜播種(腹膜への転移)は無いようだ。腹膜播種があれば、その播種を切除するこ とは不可能で、インオペ(手術不能)となる。 行けると確信し、「開創器」と言う。 ノギスに似た開創器が創を押し広げる。 「腹腔内洗浄し、細胞診に提出します。温生食」 もし腹腔内にがん細胞があれば、高確率に腹腔内を洗った生食液にもそれが含まれる。それの有無を病理医か細胞検査士に顕微鏡で診てもらうのが腹腔内洗浄細胞診である。
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

62人が本棚に入れています
本棚に追加