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盲腸を毒島の左手が持ち上げる。ビロードのような手触りだ。
消化器外科医は基本的に柔らかな胃や腸のこの感触が好きだ。
好きこそものの上手なれとはよく言ったもので、呼吸器外科医は肺(ルンゲ)のおっぱいのような柔らかさと肋骨の硬さを好み、産婦人科医(ギネ)は子宮(ウテルス)の感触を好み、整形外科医(オルト)は骨(クノッヘン)の硬さを好むものだ。
毒島もご多分にもれず、この消化器の感触が好きだ。
女体の肌と同じくらい。
結腸を腹側にカウンタートラクションをかける。
トルト筋膜(Toldt fusion fasciaと言うほうがメジャー。腸管を包む腸間膜と後腹膜下筋膜が癒合した筋膜)の下層を左手で腸を掘り起こすようにして、剥離していく。
よく層を見据え、腸間膜側と後腹膜側の微妙な色の違いと形態の違いを判断し、剥離を進める。
綿花状の疎性結合織が現れる正しい剥離層(剥離すべき層)に入ったことを示すものだ。
剥離層が次第に明らかになっていく。
層を見誤らず、よい層で剥離すること。これが外科医の腕だ。
良い層で剥離すると意外なほど出血はなく、スムーズに行くが、悪い層だと血管があったりして、しつこい出血に悩まされる。
右手を剥離層に入れる。
毒島の小さな右手はそのよい剥離層を捉えて離さず、巧みに剥離していく。
クーパーだけでなく、指での剥離にも毒島は長けていた。
松沢はその剥離術に憧れと畏敬の念を抱いた。
剥離を終える。
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